キャプテンコラムCAPTAIN COLUMN

株式会社キャプテン・ユーの社長が
日常生活で感じたことを綴ります。

携帯電話(スマホ)依存症

今やほとんどの人々が携帯電話(スマホ)を所有している状況だ。 子供の給食費を払わない親も携帯電話は所有している。 もう完全に生活の一部であり必需品である。 スマートフォンなどは通話、メールだけでなくパソコンの機能を備えており沢山の情報を入手出来る優れものである。 仕事においても大変便利である。 私も家に携帯電話を置いて出社した時などは何か不安を感じたりする。 私の学生時代に携帯電話があれば、怖い親父の検問を受けることなく、彼女に直接電話出来たのにと、つくづく思うことがある。

電車内では、ほとんどと言っていいぐらい乗客が携帯電話を手にしている。 メール、ゲーム、音楽などを楽しんでいるのだろう。 以前のコラムでも述べているが異常な光景である。 携帯電話をいじっていないと寂しいのか、落ち着かないのか、とにかく変な習慣が人々についてしまった。 こんな場面もあった。 若いカップルが飲み物を前に、お互いあまり会話もせずに携帯を夢中になっていじくっており、時々携帯電話を見せ合いしている。 また、食事に来ていた親子連れが、これもまた、親は携帯電話をいじくり、 子供はゲーム(多分)に夢中になっており、会話がほとんどない光景であった。 食事が運ばれてきても、この状況は続いていた。何か肌寒いものを感じた。 以前ならこんな光景は極端な例であったが、今や普通の光景になってきており、 近い将来、夫婦、親子の会話はメールで済ますことが現実になるかも知れない。

先日、中国上海に出張に行ってきた。 こちらも電車内は日本と全く同じ状況であり、ほとんどの人々が携帯電話を手にしていた。 少し違うのは、あちらこちら大声で通話している人が目につくことである。 中国では電車内の通話はオッケーなのだ。 韓国も同じ状況であり、世界中が携帯電話依存症になるような気がする。 確かに便利であるが、人間が本来持っている能力(脳力)を低下させているかも知れない。 記憶力、表現力、思考力など自分自身は低下していると感じている。(年齢のせいもあるが・・・) 携帯依存症にならないように休日は極力携帯電話を手にしないようにしている。 無いなら無いで何とかなるものである。 ある著名経済雑誌に掲載されていた記事のタイトルは「低所得者ほど携帯(スマホ)を手にしている頻度が多い」 さて、あなたはどうですか?

独り言の好きな男より